マッチを擦れない子ども

昭和の風俗
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私は弟が生まれて以降、比較的放置されて育ちました。

 

放置されるというのは全てにおいてマイナスという訳ではなく

子どもによって、放置がより辛い子もいれば、過干渉の方が辛い子もいて

私の場合、己の性格を鑑みるに、過干渉の方が辛いタイプのような気がするのです。

 

そのため、多少は寂しいと思うことはあっても、絵を描くなどの一人遊びに没頭して

それなりに充実した日々を過ごしていました。

 

しかし放置の場合、親が日常で必要な最低限のことすら教えなかったり、させなかったり

することが多々あります。

 

元々不器用だったので、人がサッとやっているのを見ただけで

自分もすぐ出来るようになりはしません。

とくに後々困ったのは蝶結びが出来ないことと、マッチの火を点けられないことでした。

 

蝶結びで最初に困ったのは、小学校の水泳の時間です。

昔の水泳の帽子は、ビニールっぽい素材で耳まで覆う物。

両耳の下あたりに紐が付いていて、あごの下で結ぶようになっていました。

 

皆器用にあごの下で蝶結びにしていましたが、私はやったことがありません。

しかたなく固結びを緩めにすることで誤魔化したりしていましたが…

 

3年生くらいになると、クラスメイトに

「そんなこともできないの?」

的なことをいろいろ言われるようになったので

テレビを見ている母親に食い下がって、教えてもらいました。

 

結局ちゃんとした蝶結びが出来るようになるのは、親に教わったのが縦結びだったのを

高校の時に同じ部活の子に指摘され、矯正されてからですが…

 

マッチの方は、最初は火を点けられなくても、とくに差し障りはありませんでした。

でも小学校の理科の授業で、だんだん実験をするようになって

アルコールランプにマッチで点火する必要が出てきました。

 

やり方が若干複雑な蝶結びと違って、マッチはただ箱の横の茶色いところでこするだけ。

誰かに教わるのではなく、ひたすら練習するしかないのですが

当時の私は火を指先で持つのが怖かったのです。

親は見ててくれないし、ひとりで練習するのも危険だと思い、結局そのままに…

 

小学4年生のある日の実験の時間、それまで各班のアルコールランプを点けて回っていた

担任の男の先生が、それが面倒になったのか、急に

「全員マッチを擦れるようにして、これからは各班で生徒が交代でランプに火を点ける」

と言い出しました。

 

理科室の机の上を片付けて、中央に水を張ったビーカーを置き

各班に1箱ずつマッチが渡され、児童が一人ずつ火を点けて

終わったらマッチの軸をビーカーに入れていきます。

 

マッチを擦ったことがない子は他にもチラホラいたようで

「怖い」という声も聞こえてきました。

でも大体何度かやれば、普通に火を点けられるようになっているようでした。

 

「私は後でいいよ」と言っていても、いずれ順番は回ってきます。

目の前に置かれたマッチ箱をスライドさせて、緊張しながら1本のマッチを取り出して

箱の側面にシュッとこすりつけると…

 

火が点くと同時にパキッと音がして、手元から1cm位のところで

マッチの軸が折れて、思わず手を放してしまいました。

 

机に落ちたマッチの炎が、1㎝位から3㎝ほどツーっと縦に長くなった瞬間に

「何やってんだ馬鹿!」

と同じ班の男子がマッチの端っこを掴んで、ビーカーに投げ入れました。

 

白い理科室の机に茶色い焦げ跡が小さく残ってしまい、先生に叱られましたが…

叱られたことより、自分の目の前で、火が音もたてずに伸びていったのが

火事の最初を見たようで怖かったのを覚えています。

 

…今日はなんだかとりとめもないことを、だらだら書いてしまいました。

掘り起こさない方がいい場所を掘ってしまった感じです。

 

もしも自分に子どもがいたら、少なくともその日あったことをちゃんと聞いたり

知っておいた方がいいと思うことは、小学生くらいになったら教えておきたかったです。

今となっては無い物ねだりでしかないけれど。

 

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◆最後まで読んでくださって、ありがとうございました◆

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